投稿者:丸山製茶株式会社 茶師・髙橋嘉伸

炭火を使ったお茶づくりとは
きみくらには昔ながらの手法を取り入れたお茶がいくつかあります。
今回はお茶の機械が普及していない頃、日本の茶農家の各家庭にあったと言われる焙炉(ホイロ)と呼ばれる焙煎用の道具を使い、炭火での火入れを試みることになりました。
私達の地元掛川でも、昔ながらの茶部屋が取り壊されたり古い茶工場が廃業する度に古い道具たちが行き場を失っていきます。引取先として声を掛けられ現場を見に行くと、昔ながらの道具は現代の製造では価値を発揮しづらいものの、やはり人が手先や全身を使って扱うのにはとてもよく考えられ、丁寧に扱われてきたことが分かります。
茶業に関わる多くの先人の努力や工夫により、このような道具たちは機能美を併せ持ち、長い時間をかけ洗練されてきたことが伝わってくるのです。
私もお茶づくりに用いる道具として焙炉の名前や存在を知ってはいるものの実際に扱ったことはありませんでした。
しかし、お茶の伝統的な製法の探求に熱心な社長の意向もあり、これまで会社で引き取ってきた焙炉を使った本格的な火入れに挑戦したいと思うようになりました。全く知識や経験のない状態からのスタート。どのような炭を使ったら良いのか? 原料の茶葉はどれがよいのか?様々な疑問が湧いてきます。
その度に調べたり人に聞いたりしながら準備を進めることになりました。
五感を駆使し茶葉との会話を楽しむ


ようやく準備を整え迎えた炭火焙炉を使った火入れの初日。
まだまだ疑問はたくさんありますが、こういったものは自ら考え身体を動かさなければ分かりません。
まず炭をおこし、焙炉の中にそれを移します。それから焙炉にぴんと貼った和紙の上に原料となる茶葉を3㎏ ほど広げます。
火入れは弱火から始まり、最初は様子をみながら手と鼻と目で注意深く、五感を使って常に茶葉を感じながら徐々に温度を調整し工程を進めます。 これは機械を使った製造ではまずできない、手作業ならではの面白い工程です。

焙炉に貼った和紙の温度が徐々にあがり炭の匂いが部屋中に広がります、 2時間近く集中し休みなく茶葉を動かし香りが最高潮に到達する瞬間を待ちます

炭火を使った火入れの最大の特徴は、常に茶と向き合いながらの作業となるため些細な変化を見逃すことなく茶師としても理想的な火入れに近づくことが可能になる点だと思います。
じんわりと熱が入り茶温も上昇してくると、まるで汗をかいてるかのように全体に湿り気が出てきます。すると、ほどなく内側から引き出されるように茶の良い香りが漂い始めます。
そこから更に慎重に最後の火入れを進め、香りが最高潮に達したところで火から離し冷却します。
この工程も非常に重要です。
茶温が高いまま茶葉が重なる状態にするとムレた臭いが発生してしまう場合があり、せっかく引き出した茶の香りを一気に損ねてしまう為です。
できるだけ茶を薄く広げ自然に温度が落ち着くのを待ちます。
初めての試みでしたが、まさに茶葉と会話しているような感覚で、刻々と変化する微妙な香りや色艶、手触りなど繊細な違いに気を配りながらこの僅かなお茶だけに集中して仕上げる2時間は、これまで経験したことのないとても楽しい時間でした。
一期一会の限定茶、感性を注ぎ込む炭火の茶

この炭火による火入れは、お茶づくりにおける火入れ方法の根源だと思います。
身体を動かし炭火を使って屋内で作業をするので、当然ながら細かな火入れ度合も完全に均一ではなく、炭の香りも茶葉に移ります。
現代の基準で品質管理を徹底した設備ではこれらの要素がマイナスの捉え方をされる事があるかもしれませんが、昔はこれが普通のことだったのだと思います。
仕上げたお茶を飲みながら、タイムスリップしたような感覚に陥りました。機械ではできない、感覚の一切を集中して取組む一期一会のお茶づくり。
私たち茶師も真剣に茶葉と向き合いながら仕上げていきますので、是非一度先人たちが繋いでくれたお茶文化や歴史を思い浮かべながらお楽しみいただけましたら嬉しいです。